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馬車道について

神奈川県横浜市中区にあるJR京浜東北線/根岸線の「関内」駅を北口へ出てそのまま線路に沿って北西へ進み、2ブロックほど先の交差点から「みなとみらい」へ伸びる通りが「馬車道」通りです。
みなとみらい線「馬車道駅」徒歩0分と横浜市営地下鉄ブルーライン「関内駅」より徒歩1分でたどり着きます。

馬車道通りは、神奈川県歴史博物館やガス灯などのレトロな建物も残る観光スポットです。
中ほどには様々なイベントが開催される「関内ホール」。北は「みなとみらい」や「赤レンガ」、南は伊勢佐木町や、あの有名バンド「ゆず」がデビュー前にストリートライブをしていた「伊勢佐木モール商店街」へとつながる中間にあります。

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馬車道について

アメリカが江戸幕府に開国を要求し、日米通商修好条約が結ばれた。これによって貿易のため横浜港が開かれ、関内に外国人居留地が置かれた。その関内地域と横浜港を結ぶ道路のうちの1つとしてこの道は開通した。

外国人はこの道を馬車で往来しており、当時の人々にその姿は非常に珍しく、「異人馬車」などと呼んでいたことから、この道は「馬車道」と呼ばれるようになった。

明治初年には東京行きの日本初の乗合馬車がこの付近から出るようになった。

  • 町田房造の氷水店で、明治2年の夏に初めてアイスクリームが「あいすくりん」の名前で売り出されました。現在では、5月9日がアイスクリームの日となっており、馬車道ではその日、無料で街に来た人に「馬車道あいすくりん」を配っています。

  • 日本初のガス灯は、明治3年フランス人技師の手で設計されました。今の馬車道にも、ガスの街路灯が立ち並んでいます。

  • 明治元年、日本人として最初の写真家下岡蓮杖によって写真館「相影楼」が、馬車道に開かれました。

  • 明治2年、日本初の乗合馬車が、吉田橋から東京に向けて2頭だて6人乗りで走りました。東京まで約4時間かかったといわれています。

  • 明治3年12月8日、日本で初めての日刊新聞「横浜毎日新聞」が創刊されました。記念碑が以前の生糸検査場(現在の第二合同庁舎)の本町側角にあったのですが、現在は合同庁舎の倉庫に保管されているとのことです。

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